仕事の依頼を流れる仕組みにするうえで、この記事が扱うのは受け渡しの部分です。チャットで相手の名前に@をつけて送る操作をメンションと呼びます。相手の通知欄にバッジを立て、その人にだけ知らせる機能です。
ただしメンションで頼みごとを送ったとき、依頼者の画面には送ったという事実しか残りません。相手が読んだか、引き受けたか、いつ着手するかは見えないままです。この記事が答える問いは1つです。メンションを送った時点で、その仕事は相手に渡ったことになるか。
@をつけて頼んだあと、依頼者の画面には何が残るか
経理の田中さんが、営業の佐藤さんに「@佐藤さん 先月分の交通費、領収書が2件足りないので確認お願いします」と送ったとします。
田中さんの画面に残るのは、送信済みのメッセージが1件です。3日後に状況を知ろうとすると、田中さんはそのスレッドを探しに行くことになります。その間にチャネルには別の会話が積まれているので、探すこと自体に時間がかかります。
既読がついている場合もあります。ただし既読が示すのは、そのメッセージが佐藤さんの目に入ったことだけです。引き受けたかどうかは示しません。
この差が、認識のずれを生みます。田中さんは「頼んだ」と覚え、佐藤さんは「見たけれど、まだ手をつけていない」と覚えます。どちらも間違っていないので、ずれに気づく機会がないまま日数が過ぎます。
割り込まれた作業に戻るまでに何が起きるか
メンションには、もう1つの働きがあります。受け取った人の作業を、その場で止めることです。
カリフォルニア大学アーバイン校の Gloria Mark らは、オフィスで働く24人を実地観察し、その結果を CHI 2005 で発表しました。観察された作業のまとまり(原文では working spheres)のうち、57%が途中で中断されていました1。中断された作業の77.2%はその日のうちに再開されますが、戻るまでにかかった時間は平均で25分26秒でした。外からの割り込みで中断された場合は平均22分37秒です2。同じ論文は、元の作業に戻るまでに平均2つ以上の別の作業が挟まると報告しています3。
ここで、割り込みは悪だという結論に飛ばずに、もう1本の研究を見ます。Mark らが CHI 2008 で発表した実験では、中断された作業はむしろ短い時間で完了し、品質にも差が出ませんでした。ただし同じ論文は、人は速く働くことで割り込みを埋め合わせており、その代わりにストレス、いらだち、時間の切迫感、労力が上がる、と報告しています4。
つまり割り込みが奪うのは、完了までの時間ではありません。奪われるのは、受け取った人が使える余力です。そして依頼者の画面には、余力をどれだけ使わせたかが表示されません。
だからといってメンションを減らす方向に倒すと、今度は急ぎの連絡が届かなくなります。決めるべきなのは送る量ではなく、送ったあとに何を追えるようにするかです。
「届いた」と「受け取った」を別の状態にする
チャットのメンションは、配送と受領を1つの操作にまとめています。通知が鳴った時点で配送は終わりますが、仕事が渡ったかどうかは別の話です。
依頼の受け渡しを分解すると、少なくとも4つの段階があります。届いた、見られた、受けた、返した、の4つです。既読が示すのは2つめまでです。
止まるのは、2つめと3つめの間です。既読はついているのに動かない依頼は、佐藤さんが「あとでやる」と判断したまま、その判断が田中さんに伝わっていない状態にあります。
受けたことを佐藤さんが明示する操作がないと、田中さんが確かめる手段は催促だけになります。そして催促は、佐藤さんの作業をもう一度止めます。状態を持たないと、確認のたびに割り込みが増えるという形になります。
PATHWORKはメンションをパスとして扱う
PATHWORK では、依頼と@メンションを「パス」という1つの単位で扱います。パスは delivered(届いた)、seen(見られた)、acknowledged(受領応答済み)、replied(返信)、escalated(エスカレート済み)、closed(完了)の6つの状態を持ちます。
相手が一定時間そのパスを見ない場合、パスは依頼者の通知に自動で戻ります。田中さんは、佐藤さんに頼んだことを自分で覚えておかなくて済みます。思い出せなかった依頼が消える経路が、1つ塞がります。
情報が足りないときは、佐藤さんが need_info を返します。返しパスが自動で作られ、ボールが田中さんに戻ります。「領収書2件というのは、どの日付のものですか」を新しいメッセージとして投げ直す必要がありません。質問が元の依頼にぶら下がるので、あとから経緯を読む人も1か所で追えます。
Inbox には自分が持っているボールが、Outbox には自分が投げたボールが並びます。3日返事が来ていない依頼を数えるとき、開くのは Outbox だけです。チャネルをさかのぼる作業がなくなります。
どのメンションに受領を持たせるか
すべてのメンションに状態を付ける必要はありません。付けると、雑談にまで受領の操作が要ることになり、押すこと自体が形だけの動作に変わります。
判定は1つの問いで足ります。相手が反応しなかったとき、自分の次の作業が止まるかどうかです。
- 「@全員 来週の定例、資料はここに置きました」。止まらないので、状態は要りません
- 「@佐藤さん 領収書2件の確認、金曜までにお願いします」。止まるので、受領と期限を持たせます
- 「@田中さん この記事おもしろかったです」。雑談なので、依頼と同じ場所に置きません
5人のチームだから声をかければ済む、という見方はあります。ただし追えなくなる条件は人数ではなく、同時に走っている依頼の本数です。5人でも1人あたり10件を抱えていれば、どれが誰の手元で止まっているかを記憶で追うのは難しくなります。逆に、依頼が1日数件で全員が同じ部屋にいるなら、状態を持たせる手間のほうが大きくなります。
送る前に決めておくこと
- そのメンションは、相手が動かないと自分の作業が止まるものか
- 止まるなら、いつまでに何が返ってくればよいかを本文に書いたか
- 相手が受けたことを、どの操作で確かめるか
- 何日反応がなければ、自分の手元に戻すか
- 情報が足りないと言われたとき、その質問をどこに返してもらうか
- 雑談と情報共有のメンションを、依頼と同じ一覧に混ぜていないか
まとめ
メンションは、相手に知らせる操作であると同時に、相手のやることを1件増やす操作です。増えた1件は相手の画面の中にあり、依頼者からは見えません。見えるようにするには、届いたことと受け取ったことを別の状態として持たせます。
すべての連絡に要るわけではありません。相手が動かないと自分の作業が止まる依頼だけに絞ります。それ以外に状態を付けると、受領の操作が中身を見ない押印に変わります。
次の一手として、今使っているチャットを開いて、自分が@をつけて頼んだまま3日以上返事が来ていないメッセージを数えてみてください。その件数が、今どこかで止まっている依頼の数です。担当の欄にAIを置いた依頼で同じことが起きる場合の扱いは、タスクアロケーションの記事で書いています。
参考
本文中の番号をクリックすると、その数字の根拠にした原文にジャンプします。原文は改変せず、英語のまま載せています。
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Gloria Mark, Victor M. González, Justin Harris「No Task Left Behind? Examining the Nature of Fragmented Work」CHI 2005(University of California, Irvine)
We present data from detailed observation of 24 information workers that shows that they experience work fragmentation as common practice. ... We found work to be highly fragmented: people average little time in working spheres before switching and 57% of their working spheres are interrupted.
CHI 2005 論文 ABSTRACT(本文の「24人」「57%」の根拠) 本文の該当箇所へ戻る -
Gloria Mark, Victor M. González, Justin Harris「No Task Left Behind? Examining the Nature of Fragmented Work」CHI 2005(University of California, Irvine)
77.2% of interrupted work was resumed on the same day. ... When people did resume work on the same day, it took an average length of time of 25 min. 26 sec (sd=54 min. 48 sec.). ... Externally interrupted working spheres are resumed on the average in a shorter time (22 min. 37 sec., sd=53 min. 52 sec.)
CHI 2005 論文 RESULTS(本文の「77.2%」「25分26秒」「22分37秒」の根拠) 本文の該当箇所へ戻る -
Gloria Mark, Victor M. González, Justin Harris「No Task Left Behind? Examining the Nature of Fragmented Work」CHI 2005(University of California, Irvine)
We found an average of more than two intervening working spheres before an interrupted activity is resumed.
CHI 2005 論文 DISCUSSION(本文の「平均2つ以上の別の作業が挟まる」の根拠) 本文の該当箇所へ戻る -
Gloria Mark, Daniela Gudith, Ulrich Klocke「The Cost of Interrupted Work: More Speed and Stress」CHI 2008(UC Irvine / Humboldt University Berlin)
We found that context does not make a difference but surprisingly, people completed interrupted tasks in less time with no difference in quality. Our data suggests that people compensate for interruptions by working faster, but this comes at a price: experiencing more stress, higher frustration, time pressure and effort.
CHI 2008 論文 ABSTRACT(本文の「短い時間で完了し、品質にも差が出ませんでした」「ストレス、いらだち、時間の切迫感、労力が上がる」の根拠) 本文の該当箇所へ戻る
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