仕事の依頼を流れる仕組みにするうえで、この記事が扱うのは期限の決め方です。依頼に期限を書き、受け手が受けると返事をしたのに、着手されないまま締切の前日を迎えることがあります。
いつ手をつけるかを先に決めたかどうかで、同じ締切でも提出率が変わることが、心理学の実験で確かめられています。この記事が答える問いは1つです。依頼に期限を書けば、着手されるか。
来週金曜締切の依頼が、木曜の夕方に動き出す
管理者が水曜に、担当者へ「来週金曜までに競合3社の料金表をまとめてほしい」と依頼します。担当者は「了解です」と返します。受けたことは確認できています。
翌週の木曜、夕方になって担当者が競合サイトを開き始めます。金曜の朝に「思ったより項目が多くて、月曜まで待ってもらえますか」と連絡が来ます。
9日間のうち、8日間はこの依頼が誰の予定にも入っていませんでした。管理者がそれに気づくのは、締切の前日です。
受けたかどうかを確かめる仕組みは、ここでは働いています。担当者は受領を返しています。それでも着手は起きませんでした。受領と着手は別の出来事です。
依頼を4段階に分けたとき、この依頼は合意の段階を半分しか終えていません。何ができたら終わりかは伝わっていますが、次の手をいつ打つかが決まっていないからです。
実行意図とは何を指すか
コンスタンツ大学の心理学者 Peter Gollwitzer は、1999年の American Psychologist 誌で、意図を2種類に分けています。
1つは目標意図で、「〜を達成する」という形をとります。もう1つが実行意図で、目標意図の下につき、いつ、どこで、どうやって反応するかまで決めたものだと説明しています1。形は「状況xが起きたら、目標に向かう反応yを始める」という条件つきの文になります2。
先ほどの依頼に当てはめると、「来週金曜までに競合3社の料金表をまとめる」は目標意図です。「月曜の朝、席についたら競合サイトを開く」が実行意図にあたります。依頼文に書かれているのは、ほぼ前者だけです。
同じ48時間の締切を渡した2グループで、何が違ったか
同じ論文が、実験を1つ紹介しています。参加者に、クリスマスイブの過ごし方を書いたレポートを、当日から48時間以内に書いて送るよう求めました。締切は全員に同じ48時間です。
半分の参加者には、その48時間のうち、いつ・どこで書くつもりかを質問紙に記入させました。もう半分には、時間と場所を選ばせていません。結果は、記入したグループの4分の3が期間内に提出し、記入しなかったグループは3分の1にとどまりました3。
両群の締切は同じです。課題の内容も同じです。違いは、着手の日時を先に1回書いたかどうかだけでした。期限の文言を強めても、この差は埋まりません。
期限を書くと、受け手の手元に何が残るか
期限は終わりの日付で、始まりの日付ではありません。依頼を受け取った時点で、受け手の手元には「いつ手をつけるか」という判断が残ります。
この判断は、依頼1件ごとに発生します。10件抱えていれば10回です。しかも判断そのものはどこにも記録されないので、依頼者からは見えません。期限欄が埋まっている依頼と、着手日が決まっている依頼は、画面上で同じ見た目になります。
「空いた時間にやります」という返事は、着手日が決まっていない状態の言い換えです。空き時間は予定として確保されていないので、割り込みが入れば先に消えます。木曜の夕方に動き出したのは、そこで初めて空き時間が実際に現れたからです。
どの依頼で差が出て、どの依頼で出ないか
同じ論文には、条件を分けた別の調査も載っています。学生に休暇中の予定を2つ挙げさせ、着手しにくいものと、しやすいものに分けました。
着手しにくい予定では、いつ・どこでを決めていた人の3分の2が完了し、決めていなかった人は4分の1でした。一方、着手しやすい予定では、決めたかどうかに関係なく80%が完了しています4。
全部の依頼に着手日を聞くと、確認の往復だけが増えます。聞く相手を絞る線引きは、手をつけるまでに準備が要るかどうかです。資料を集める、他部署に問い合わせる、といった前段がある依頼が対象になります。
限界も書いておきます。この研究の対象は大学生で、業務の依頼そのものではありません。4分の3や3分の1という数字を、社内の提出率としてそのまま当てにはできません。借りられるのは、締切だけの依頼と、着手の日時まで決めた依頼が別物だという区分のほうです。
「着手日まで指定したら、受け手の裁量を奪うのでは」という反論はあります。決めるのは依頼者ではなく受け手です。依頼者が確認するのは、そこに日付が入っているかどうかだけで、日付の中身には口を出しません。中身まで決めると、受け手の予定表を依頼者が組むことになります。
PATHWORKで着手の日付を置く
PATHWORK のタスクには期限の欄があり、入れた日付はカレンダー表示に並びます。ただし着手日の専用欄はありません。置くなら運用で作ります。
やり方の1つは、依頼1件を2件に分けることです。「競合3社の料金表を集める」に月曜の期限、「集めた表をまとめて提出する」に金曜の期限を入れます。カレンダーには月曜と金曜の2つが並びます。
前半の日付を入れるのは、依頼を受ける担当者です。依頼と@メンションは「パス」という1つの単位で扱われ、受け手が受領を返す流れになっているので、その返事と一緒に前半の日付を入れてもらいます。管理者が見るのは、そこが空欄かどうかです。
プロジェクトを月次のサイクルで区切っている場合は、その月の作業枠に前半を置けます。月の途中で着手する予定が、月初の時点で枠に入ります。
この分け方にも限界があります。月曜に手をつけなかったこと自体は、自動では分かりません。分かるのは、月曜の期限を過ぎたタスクが残っている、という形です。気づく時点が締切の前日から月曜の翌日に早まる、という違いになります。
運用で決めておくこと
- 着手日を聞く依頼と聞かない依頼を、どこで分けるか(手をつけるまでに準備が要るか)
- 着手の日付を入れるのは依頼者か受け手か
- 「空いた時間に」と返ってきたとき、それを日付なしとして扱うか
- 着手の日付を過ぎた依頼を、誰がいつ見るか
- 依頼1件を2件に分ける運用を、どの依頼まで広げるか
まとめ
期限は終わりの日付であって、着手の日付ではありません。同じ締切を渡しても、いつ・どこで手をつけるかを先に1回書いたかどうかで、提出率は分かれます。運用で置くのは、期限欄の隣にある着手の日付です。
全部の依頼に広げる話ではありません。差が出るのは着手しにくい依頼で、手をつけやすい依頼に同じ確認を足すと、往復が増えるだけです。根拠にした実験の対象は大学生なので、数字ではなく区分を借りています。
次の一手として、今週出した依頼のうち締切まで1週間以上あるものを1件選び、「いつ手をつけますか」と1回聞いてみてください。「空いたときに」と返ってきたら、その依頼にはまだ着手の日付が入っていません。受けたかどうかを段階として分ける話は依頼のライフサイクルの記事で、届いたことと受け取ったことを分ける話はメンションの記事で書いています。
参考
本文中の番号をクリックすると、その記述の根拠にした原文にジャンプします。原文は改変せず、英語のまま載せています。
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Peter M. Gollwitzer「Implementation Intentions: Strong Effects of Simple Plans」American Psychologist, July 1999(Universität Konstanz)
Implementation intentions are subordinate to goal intentions and specify the when, where, and how of responses leading to goal attainment.
本文 494ページ(記事の「目標意図の下につき、いつ・どこで・どうやって反応するかまで決めたもの」の根拠) 本文の該当箇所へ戻る -
Peter M. Gollwitzer「Implementation Intentions: Strong Effects of Simple Plans」American Psychologist, July 1999(Universität Konstanz)
This can be achieved by plans in the form of implementation intentions that link anticipated critical situations to goal-directed responses ("Whenever situation x arises, I will initiate the goal-directed response y!").
冒頭の抄録(記事の「状況xが起きたら、目標に向かう反応yを始める、という条件つきの文になる」の根拠) 本文の該当箇所へ戻る -
Peter M. Gollwitzer「Implementation Intentions: Strong Effects of Simple Plans」American Psychologist, July 1999(Universität Konstanz)
This report was to be written no later than 48 hours after the event and then sent to the experimenters, who were supposedly studying how people spend their holidays in modern times. Half of the participants were instructed to form implementation intentions by indicating on a questionnaire exactly when and where they intended to write the report during the critical 48 hours. The other half of the participants were not requested to pick a specific time and place. When participants' reports arrived in the mail after Christmas, three fourths of the implementation intention participants had written the reports in the requested time period, whereas only one third of the control participants managed to do so.
494〜495ページ、Gollwitzer & Brandstätter(1997)Study 2 の記述(記事の「締切は全員に同じ48時間」「記入した側の4分の3が提出、記入しなかった側は3分の1」の根拠) 本文の該当箇所へ戻る -
Peter M. Gollwitzer「Implementation Intentions: Strong Effects of Simple Plans」American Psychologist, July 1999(Universität Konstanz)
For difficult-to-implement projects, two thirds of the participants who had formed implementation intentions had carried them out. Participants without implementation intentions, however, mostly failed to complete the projects. Only one fourth of these participants were successful. For the projects that were easy to implement, completion rate was very high (80%), regardless of whether participants had formed implementation intentions.
494ページ、Gollwitzer & Brandstätter(1997)Study 1 の記述(記事の「着手しにくい予定では3分の2と4分の1」「着手しやすい予定では関係なく80%」の根拠。同段落に対象が大学生と明記されている) 本文の該当箇所へ戻る
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どの依頼まで着手の日付を聞き、どこから聞かずに流すかは、チームが抱える依頼の本数と、前段の準備がある業務の割合で変わります。今どの依頼が締切前日に動いているかをお聞きしたうえで、PATHWORKでの分け方をご提案します。
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